倉庫管理システム(WMS)とは
物流は「輸送・配送(輸配送)」、「保管」、「荷役」、「流通加工」、「包装」、「情報管理」の6つの機能で構成されています。
「情報管理」とは「輸配送」はもちろん「保管」、「荷役」、「流通加工」、「包装」といった物流実務における情報を正確に把握して、管理や活用を目的とします。
「保管」、「荷役」、「流通加工」、「包装」を担う倉庫の実務をスコープとした情報システムが「倉庫管理システム(WMS)」です。
一方で「輸配送」をスコープとした情報システムには「輸配送管理システム(TMS)」があります。
WMSの目的
「WMS」とはWarehouse Management Systemの略です。倉庫在庫管理、ロケーション管理、検品、ピッキングといった作業を対象にした機能を備えています。
「WMS」は1980年代に実用化され、日本では2000年前後に普及し、現在では成熟した情報システムです。
WMS導入の目的
実務における日々の作業を効率的に行うためだけでなく、情報を正確・適時に電子データとして蓄積することで管理の品質を上げることができます。
- 作業進捗の可視化と管理の省力化
- 作業の標準化によるミスの軽減
- マテハン機器などとの連携で作業生産性を向上させる
- 蓄積した予定・実績データによる作業計画の精度向上
さらなる期待
現在急速な発展と普及が進む物流ロボットやAI活用を見据えた場合、可視化、標準化、連携、精度の高いデータは必須となります。
このようなことから物流「情報管理」においてWMSは中核を成す情報システム・技術と位置付けることができます。
ロジスティクス4.0の概念は、出典:小野塚 征志『ロジスティクス4.0』(日本経済新聞出版社)より
WMSと隣接するシステム
WMSを検討する理由は、新規導入はもちろん既存システム(レガシーシステム)老朽化に伴う刷新や現行のWMSから機能改善を企図した乗り換えなどがあります。
いずれの理由であっても自社が目的とする導入効果を明確にして、その期待を最も満たす選択が重要です。
例えば、出荷検品の誤謬率低下が目的だとします。WMSも解決策かもしれませんが、作業がアナログなため正確性が低く、作業時間もかかっているためチェックが十分出来ていないのだとしたら、ハンディターミナルなどの機器の導入や新機種への買い替えの方が適しているかもしれません。
WMSと隣接する情報システム・技術との違いを解説します。
輸配送管理システム(TMS)とWMS
TMSとは「Transport Management System」の略です。主に出荷後の配車管理や配送の時間管理を目的としたシステムです。
WMSは「保管」、「荷役」、「流通加工」、「包装」の実務を管理します。TMSは「輸送・配送(輸配送)」の実務を管理します。
WMSとは管理するスコープが異なります。
ERPシステムとWMS
ERPとは「Enterprise Resources Planning」の略です。経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報)の最適な配分を目指した考え方です。最適な配分を計画及び実行するためのシステムをERPシステムあるいは単にERPや基幹系情報システムと呼ばれることもあります。
企業の業務個別、例えば、販売、製造、購買、会計それぞれで個別に最適化された業務・システム間の課題を解決するために、企業の業務全体とその情報を一元的に管理して全体最適を目指します。
ERPの考え方には物流業務も含まれます。しかしERPの主眼は経営資源の最適な配分であり、どのような材料が自社にどれだけあるのか、商品横断での販売目標や製造計画に対して追加で必要な材料は何か、それをいつまでに購入するべきかといったことを統合的に支援するのがERPシステムの主な機能です。
そのため、例えば倉庫内の材料(在庫)のロケーションや出荷時の検品作業の管理には機能が十分でないあるいは機能自体がないこともあります。
倉庫における「保管」、「荷役」、「流通加工」、「包装」の実務管理を目的とするのであればWMSが必要となります。
SCMシステムとWMS
SCMとは「Supply Chain Management」の略です。調達・生産・物流の管理をある1つの企業の内部に限定することなく、複数の企業間で統合的なつながりを構築し、経営の成果を高めるためのマネジメント手法です。
企業内の半製品・素材の加工のプロセスはもちろん、サプライヤーとの調達・生産・物流、企業と顧客との物流管理と在庫管理に及プロセスのつながりを最適化することを目指します。
SCMには物流業務も含まれます。しかしSCMの主眼は生産・物流・在庫の統合的な管理であり、企業内の業務や外部とのつながりを支援するのがSCMシステムの主な機能です。
SCMシステムで倉庫在庫管理と資材購買の連携に課題を発見できるかもしれませんが、その解決策は物流情報システム・技術、例えばWMSの導入や購買システムとの連携機能改善であったりします。
生産・物流・在庫のつながりに焦点を当てるのであればSCM、物流の「保管」、「荷役」、「流通加工」、「包装」であればWMSです。
在庫管理システムとWMS
在庫管理とは、自社にどれだけの資材、仕掛り品(中間製品)、商品(完成品)といった在庫があるのか、その数量や状態の把握を目的とします。状態とは、特に資産価値に影響のある品質の低下・機能の低下の有無に焦点が置かれます。
在庫管理システムでは、倉庫に限らず、店頭の商品や工場での仕掛り品も管理の対象となります。また、購買や受注における数量の増減も管理の対象となります。
一方で在庫管理システムにはロケーション管理、検品、ピッキングといった倉庫業務には必須と言える機能は備わっていないことが一般的です。
WMSの種類
WMSは1980年代に実用化され、日本では2000年前後に普及しました。日本国内でもノウハウが蓄積され、機能の標準化が進んでいます。
ECシステムや販売管理システムのように、スクラッチからパッケージ化/テンプレート化、さらにクラウドサービスの広がりに伴いSaaS型のシステム提供が広がっています。
SaaS型はサーバー等のインフラの手配をユーザーは省くことができ、スクラッチに比べて格段に短期間で利用が可能になっています。
スクラッチ?パッケージ?オンプレ?クラウド?SaaS?
WMSに限らず、ECでも販売管理でもこれらのカタカナやアルファベットの略語が当たり前のように使われていますが戸惑うことは無いでしょうか。あるいは何となく分かった分かったような分からないような。これらの用語に唯一無二の定義をすることは難しいですが、もう一歩踏み込んだ理解のために整理しておきます。
スクラッチ/パッケージ/SaaS -開発の種類
システムの業務機能(アプリケーション)をどう実現するのかという観点では、「スクラッチ」「パッケージ」「SaaS」に分けられます。
スクラッチ(開発)
スクラッチ開発とは、ソフトウェアやコンピュータシステムをゼロの状態から新たに作り出す開発手法のことです。カスタムメイドでシステムを作り上げます。言い換えれば特注品です。
スクラッチとは「ゼロから作る」ことですが、ソフトウェア開発にはそれを支援するフレームワークやテンプレート(ひな形)、ライブラリ、モジュール、APIなどあり、それらを一部流用して開発する場合もあります。このような広義のスクラッチと区別するために、他から流用する要素が一切無い場合を特に「フルスクラッチ」と呼びます。
ただし、どの程度独自開発したものをフルスクラッチであるとするかは分野やシステムの種類、話者の意図などにより異なります。
- パッケージ製品のカスタマイズではない
- 旧バージョンのコードを再利用せずすべて書き直している
- 開発を支援するフレームワーク等を一切使わない
パッケージ
パッケージとはパッケージソフトの略で、多数のユーザーに向けて作られた既成品のソフトウェアです。
パッケージの利点は、スクラッチに比べて導入までの期間が短く、コストも抑えられる点にあります。また利用している技術のアップデートに応じてパッケージもバージョンアップされる製品であれば、スクラッチに比して対応の手間が低減されます。パッケージにはあらかじめ想定するビジネスモデルに即した機能のテンプレートが組み込まれているため、導入時はもちろん運用する中でそれを利用することができます。より高度あるいは便利な機能や新たに必要となった要件への活用が期待できます。
一方で、パッケージで留意すべきなのはカスタマイズです。業界や自社の要件がパッケージそのままでは合わないことがあります。その場合に必要となるのがカスタマイズです。カスタマイズというと、パッケージの一部プログラムを書き換えることや機能の追加開発を指す場合が多いですが、広義には3種類あります。
多くのパッケージ製品には、ユーザーの要件に合わせて調整可能な作りにしています。この調整をパラメーターの設定といいます。コンフィギュレーションという場合もあります。イメージとしてはこの機能を使う/使わない、この項目は必須/任意、自動で転記する/しないなどのスイッチのON/OFFを選択します。
カスタマイズの1段階目はこの「パラメーター設定」です。パラメーター設定は、パッケージとしてもその動作を保証する範囲で「標準」などともいわれます。
パラメーター設定で満たせない機能をパッケージで実現するため開発する。この2段階目が狭義のカスタマイズです。狭義のカスタマイズには「パッケージのプログラム自体に変更を加える」と「パッケージに新たなアプリケーションプログラムを追加する」の2つに分けることができます。後者を特に「追加開発(アドオン)」ということがあります。
自社の要件にパッケージを合わせる方法は、「パラメーター設定」「パッケージプログラムの改変」「追加開発(アドオン)」の3種類です。
WMSをスクラッチとパッケージいずれで選ぶか
WMSにおいてもパッケージソフトを採用するのか、スクラッチ開発で作り上げるかの選択肢があります。
WMSも基本的にパッケージソフトを採用した方が費用も安く納期も短くて済みます。スクラッチはユーザーの要望に沿って自由に仕様を決めることができますが、開発には時間、コスト、ユーザー企業としても人的リソースがかかります。さらに、求める仕様が技術的な制約などから結局実現できないリスクや品質が期待を大きく下回るリスクもあります。
ただし、以下のような場合はスクラッチ開発を視野に入れる必要があります。
- 複数のWMSパッケージを調査したが自社の要件に合わない点が多い
- 自社の物流業務プロセスが一般的な物流業務プロセスと大きく異なっている
上記以外はWMSパッケージソフトの導入を前提に、自社にどうしてもフィットしない部分(Gap)はどこか、Gapはパッケージをベースにしたカスタマイズで解消できないかを検討するのが効率的です。
また近年ではパッケージよりさらに短期間・低コストでのシステム導入が可能なSaaSという選択肢も広がりをみせています。
SaaS
SaaSとはSoftware as a Serviceの略で「サース」または「サーズ」と読みます。システムを必要な分だけサービスとして利用できうるようにしたものです。
このようなシステムの提供方法はASPやクラウドと呼ばれることもあります。ASPは正確にはApplication Service Providerの略でソフトウェアやサービスの提供事業者のことです。とはえい、どれを使うのが正しいというものではなく、それぞれの言葉が使われるシーンや話者によります。
ここでは、SaaSの特徴を説明するためそれぞれ用語をもう少し整理します。
SaaSとASP
SaaSとASPはいずれもクラウド技術を前提としてます。
ASPは「シングルテナント」か「マルチテナント」どちらのクラウド環境でのサービスに用いますが、SaaSは「マルチテナント」でのアプリケーションの提供に用いられます。
ちなみにWMSでは総じてASPと呼んでいるケースが他の製品群より多いように思われます。
シングルテナント:それぞれのユーザーに対して個別の環境を提供します。個別にひとつの領域を独占できるため、ある程度のカスタマイズ性が確保できます。
マルチテナント:ひとつの環境を複数のユーザーでシェアします。カスタマイズ性はシングルテナントに比べて劣りますが、サービス利用のコストをおさえることが可能です。
SaaSは「マルチテナント」
マルチテナントとは複数のユーザーが同一システムを利用する方式です。
複数のユーザーが同じサーバーやアプリケーション、データベースといったシステムやサービスを共有して利用する方式です。同一のサーバーやデータベースを仮想的に分割し、各ユーザーはそれぞれ与えられた領域を利用できるようになっています。
マルチテナントの具体例
マルチテナント型のサービスとして代表的なのが、Amazonの提供する「AWS」や、Microsoftの「Azure」といったクラウドプラットフォームです。
また、楽天市場やYahoo!ショッピングなどのECモールも、ECプラットフォームを提供するマルチテナント型サービスのひとつといえます。
マルチテナント型のサービスでは、サービスプロバイダが用意したサーバーやアプリケーション、データベースなどのシステムを、複数のユーザーで使用するため、ある程度できあがった環境が始めから整っています。
そのため、マルチテナントであるSaaSでは、利用するための環境構築が不要なため導入費用を抑えることができ、月額制で使った分の料金だけの支払いとなるため、メンテナンス費用などが別途発生しません。また、ランニングコストの計画も立てやすくなります。
パッケージかSaaSか
WMSパッケージソフトの導入そして運用を誰が・どの環境で行うのかにはいくつか選択肢があります。
1つは自社導入。自社センターやパブリッククラウド上にWMS用サーバーを導入して各センターのWMSアプリケーションを入れたPCで業務を行います。※WMSアプリケーション入れないWEB版もあります。
自社導入の場合はさらにインフラとしてオンプレミスとパブリッククラウドの選択肢があります。
オンプレ:物理サーバー、仮想サーバー、プライベートクラウドを表します。基本的にインフラ資産を保有するのはオンプレに分類できます。
パブリッククラウド:AWS、Azure、GCPといったパブリッククラウドを指します。
2つ目はWMSベンダーから「シングルテナント」のクラウド環境でアプリケーションとデータ領域の提供受けます。クラウド(ASP)と呼ぶこととします。初期導入費と月々のランニング費用が発生します。自社でサーバー等の環境構築が不要なため、サーバー等の機器やエンジニアの調達が不要です。同様にシステム稼働後の運用においても機器やエンジニアの管理が不要です。
アプリケーションとしてはパッケージを選んだとしても、上記のような選択肢を検討する必要があります。そのため、ユーザーはアプリケーションとして自社の要件に適しているかに注力できない課題を抱えます。またエンジニア不足も深刻で、その点クラウド(ASP)はユーザーニーズに非常にマッチしています。
SaaSはクラウド(ASP)の利点に加えてさらに短期間・低コストでの利用が期待できます。さらに、アプリケーションの利用分、月額などで課金のため、ユーザー数が少ない・期間が短いといった場合にはコスト面で大きく優位になります。
SaaSのデメリットはやはりカスタマイズ性の低さです。パラメーター設定しかありません。対応するハンディターミナルも限られています。一方で「パッケージプログラムの改変」や「追加開発」で要件が満たせる「かも」しれないという期待、裏を返せば検討や開発に時間とコストかけたのに実現できないリスクを廃して既に実現されている機能が要件に適うかに注力してサービスを選ぶことができるともいえます。
では、SaaSを選ぶべきなのか?
以下の条件を除いてWMSパッケージの導入とのGapはどこか、Gapはカスタマイズで解消できないかを検討するのが効率的です。
- 複数のWMSパッケージを調査したがいずれも自社にフィットしない
- 自社の業務プロセスが一般的なそれと大きく異なっている
パッケージよりさらに短期間・低コストでのシステム導入が可能なSaaSが広がりを見せています。
しかし、スクラッチよりパッケージやSaaSが単純に優れていると主張したいわけではありません。
業務パッケージ全体で見てもパッケージやクラウドが増加傾向にあることは確かですが、それらを合算しても50%未満です。企業規模等によって差はあるのですが、いずれにしろ50%を大きく上回るわけではありません。
ユーザー企業 ソフトウェアメトリックス調査 【システム開発・保守調査報告書】 2020年版
2020年4月 一般社団法人 日本情報システム・ユーザー協会
卸売業・小売業(商社・流通)は他業種に比べてSaaSなどクラウド技術の導入が少し遅れているようです。
新しい技術が必ず優れているわけではありませんが、もう少し導入が進んでも良いのではと思います。
業種グループ別「導入済み」の割合(抜粋)
建築・土木 | 素材製造 | 機械器具 製造 |
卸売業・ 小売業( 商社・流通) |
金融・保険 | 社会 インフラ |
サービス | |
SaaS | 53.8 | 56.7 | 52.1 | 46.7 | 62.7 | 59.2 | 53.8 |
プライベートクラウド | 35.2 | 39.1 | 30.4 | 28.6 | 62.7 | 46.9 | 32.4 |
パブリッククラウド | 39.6 | 46.5 | 45.0 | 35.2 | 51.0 | 56.1 | 46.2 |
企業IT動向調査報告書 2022ユーザー企業のIT投資・活用の最新動向(2021年度調査)
図表9-1-10 業種グループ別 「導入済み」の割合より抜粋
一般社団法人 日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)
パッケージやクラウドサービスの普及、そしてSaaSという提供形態はこれまでのシステム導入における課題とその解決が背景にあります。既にスクラッチシステムがある場合、同じ課題はないでしょうか?新規導入にあたり、これまで業界やベンダーの培ったノウハウを提案資料や他社事例だけでなく実際見て・触って確かめてみたくないでしょうか?もしそうであれば、WMSの導入・更改において積極的に情報収集や検討していただくことをおすすめします。